IAI「アンドリューワイエス展」東京都美術館

「アイ・エイ・アイ」:IAI

「アンドリューワイエス展」東京都美術館
東京都美術館
〒110-0007 東京都台東区上野公園 8-36


「アンドリューワイエス展」東京都美術館
「アンドリューワイエス展」東京都美術館
「アンドリューワイエス展」東京都美術館
「アンドリューワイエス展」東京都美術館
「アンドリューワイエス展」東京都美術館

 20 世紀アメリカ具象絵画を代表する画家アンドリュー・ワイエス(1917-2009)。 第二次世界大戦後に脚光を浴びたアメリカ抽象表現主義、ネオ・ダダ、ポップアートといった動向から距離を置き、ひたすら自分の身近な人々と風景を描き続けました。 その作品は眼前にある情景の単なる再現描写にとどまるものではなく、 作家自身の精神世界が反映されたものとなっています。 彼の作品には、窓やドアなど、ある種の境界を示すモティーフが数多く描かれます。 境界は、西洋絵画史の中で古くから取り上げられてきたテーマですが、ワイエスにとってはより私的な世界との繋がり、あるいは境目として機能しています。
 本展は、その境界の表現に着目して、ワイエスが描いた世界を見ていこうとするものです。


チャッズ・フォードとクッシング | Chadds Ford and Cushing

 ワイエスが生まれ育ったペンシルベニア州の田舎町チャッズ・フォードは、緩やかな丘陵が続く緑豊かな地であるとともに、アメリカ独立戦争の舞台ともなった歴史のある場所です。 また、ドイツ系の先祖を持つ移民や、アフリカ系アメリカ人のコミュニティも多く、ワイエスは少年時代からそうした人々と親しく交わり、しばしばモデルとして描きました。 一方、ワイエス家の夏の別荘があったメイン州は、アメリカ東海岸最北の州で、イギリスから清教徒が最初に入植したニューイングランド地方に属します。 このメイン州において、ワイエスの絵のもっとも重要な舞台となったのが、オルソン・ハウスの建つクッシングでした。 太古の氷河によって作られた入江から強い海風が吹きつけるこの地で、 ワイエスは多くのインスピレーションを得たのでした。 それぞれの土地や自然や歴史、風景や建物、そしてそこに生きる人々との交流を通して得られた感覚をスイッチとして、ワイエスは 「アメリカを描く」 画家として、この国の普遍的なイメージを紡ぎ出していったのです。


会期: 2026 4/28 [火] 7/ [日]
   開室時間: 9:30 ~ 17:30、金曜日は 9:30~20:00 (入室は閉室の 30 分前まで)
※開室時間、休室日など最新情報は展覧会公式HPでご確認ください。

休室日: 月曜日 ※ただし 6月29日(月) は開室。
会場:
東京都美術館 企画展示室(上野公園内)
主催: 東京都美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)、東京新聞、フジテレビジョン


'2026 1_27 「東京都美術館開館100周年記念 アンドリューワイエス展」 報道内覧会展示風景・プレスリリース、図録の抜粋文でご紹介しています。

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・画像をクリックすると 【展覧会概要説明】 髙城 靖之(本展担当・東京都美術館 学芸員) & Ⅰ ワイエスという画家 | The Paintter Andrew Wyeth の拡大ページがご覧いただけます。

「アンドリューワイエス展」東京都美術館

アンドリューワイエス展 境界あるいは窓」
展覧会概要説明会 / トークセッション 会場: 東京都美術館 企画展示室 '2026_4.27


「アンドリューワイエス展」東京都美術館

「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」 展覧会の見どころと展示構成

1.ワイエスの没後、日本初となる待望の回顧展 
2.テーマは 「境界」。 アンドリュー・ワイエスの精神世界へ 1974 年に東京と京都で 33 万人を集めた日本で最初の個展以来、1995 年、そして 2008 ~ 9 年にもワイエスの展覧会が開催され、日本でのワイエス人気は不動のものになりました。 本展はワイエス没後はじめてとなる、国内待望の展覧会となります。
3.日本初公開となる作品多数 ワイエスの作品には窓や扉など、「境界」 を示すモティーフがたびたび表れます。 それらはワイエスにとって生と死、画家自身の精神世界と外の世界をつなぐものだったと考えられます。 本展は 「境界」 に着目し、彼の作を見つめ直します。

ホイットニー美術館(ニューヨーク) の 《冬の野》(1942年)、フィラデルフィア美術館の 《冷却小屋》(1953年)、フィルブルック美術館の 《乗船の一行》(1982年) をはじめ 10 点以上が日本初公開。 あらためてワイエスの魅力に触れる機会となるでしょう。

目次| Contents
Ⅰ ワイエスという画家 | The Painter Andrew Wyeth
Ⅱ 光と影 | Light and Shade
Ⅲ ニューイングランドの家――オルソン・ハウス | The Olson House in New England
Ⅳ まなざしのひろがり | An Expanding Vision
Ⅴ 境界あるいは窓 | Boundaries or Windows


'2026 4_27 「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」 報道内覧会展示風景・プレスリリース、 図録の抜粋文でご紹介しています。

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Ⅱ 光と影Light and Shade

 ワイエスの作品の特徴の一つとして、「光と影」 を巧みに用いて画面を構成している点が挙げられます。 光を強く感じさせる部分とほの暗さを帯びた部分のコントラストを強調し、画面にアクセントを加えています。 そして明と暗さの間には、境界が示唆されることがあります。 それが特に顕著に表れるのは屋内と屋外が明暗によって対比される場合であり、窓やドアが境界として、両者を分け、また結ぶ働きをします。 《スプール・ベッド》(no.14) や 《三月の嵐》(no.21) は屋外の明るさと屋内の暗さが効果的に対比された好例です。 ワイエスの光と影は、表層的な明暗表現を超えて、彼の内にある記憶や感情を表すものでもありました。 《鐘つきロープ》(no.17) や 《冷却小屋》(no.18) では、暗い側から明るい場所へと視線が向けられ、境界の向こう側に対して開放感や期待感といったものを感じ取ることが出来ます。 《うたた寝》(no.25) では、猫が明るい戸外で寝ており、そのすぐ後ろの戸口越しに真っ暗な室内が覗いています。 眠りは死を連想させますが、明暗の境界で眠る猫には、「死と生」 が連続し、つながり合うものだというワイエスの死生観が表れているようにも見えます。 それはワイエス作品の底流を成すものでもありました。

Ⅱ 光と影「アンドリューワイエス展」東京都美術館

左・no.14 《スプール・ベッド》 1947 年 水彩、紙 55.9 x 76.5 cm ホイットニー美術館、ニューヨーク / ・no.17 《鐘つきロープ》 1951 年 テンペラ、パネル 73.7 x 28.6 cm デラウェア美術館、ウィルミントン / ・no.18 《冷却小屋》 1953 年 テンペラ、パネル 63.5 x 33.0 cm フィラデルフィア美術館 / 右・no.21 《三月の嵐》 1960 年 ドライブラッシュ・水彩、紙 40.5 x 27.5 cm デラウェア美術館、ウィルミントン

左・no.14 《スプール・ベッド》 描かれているのは、メイン州イースト・ウォルドボロにあるホフセス・ハウスという家の一回のベットルームです。 窓から差し込む光を反映しているベッドに糸巻(スプール) 状の装飾が付いていることからこの作品の名がつけられました。 / ・no.17 《鐘つきロープ》 メイン州ウィリーズ・コーナーにある教会の内部を描い作品です。 鐘楼に登る階段が上へ上へと延び、鐘のロープが垂れ下がっています。 鑑賞者の視線はほの暗い内側から、一番上の開口部を通って明るい外へと向かっていきます。 その先には、ワイエスが好きだったというこの教会の鐘つき場がありました。 / ・no.18 《冷却小屋》 友人のジョン・ワイリーの家を訪ねた経験をもとに描かれた作品です。 彼は不在でしたが冷却小屋の扉が開いていました。 中へ足を踏み入れたワイエスは、通路の先に陽光に満ちたワイリーの作業場っを見つけます。 奥の明るい部屋へ視線が導かれる構図から、ワイエスが胸を躍らせながら小屋の中を進んだであろうことが想像できます。 / 右・no.21 《三月の嵐》 ペンシルヴェニア州チャッズ・フォードの近隣、マクベイ家の納屋の扉を描いた水彩です。 3 月の遅い雪嵐の日に、外から入る納屋のおぼろげな光のなかでこれを描いています。 戸口から雪が吹き込む様子を絵具を飛び散らすように描いています。 外は雪でかすんでいるようににも見えます。 扉の周りは、暗い木の枠が囲んで額縁のような役割をしています。 明るい外とのコントラストが効果的です。

Ⅱ 光と影「アンドリューワイエス展」東京都美術館

左・no.25 《うたた寝》 1963 年 水彩、紙 50.8 x 35.5 cm ファーンズワース美術館、ロックランド / 中・no.24 《粉挽き場》 1962 年 テンペラ、パネル 77.5 x 130.8 cm フィラデルフィア美術館 / 右・no.28 《凍りついた家》 1978 年 水彩、紙 47.6 x 60.3 cm ニューリックホテルマネジメント株式会社

左・no.25 《うたた寝》 メイン州には、気候が母国と似ていることもあってフィンランド系の移民が多く住んでいました。 この作品もフィンランド系のモリス・ボーネマンの敷地内で描かれたものです。 暗い納屋の入り口を守るように猫がたたずみ、光の当たるこちら側と暗く沈む内部との境界に位置してその間をつないでいるようにも見えます。 / ・no.24 《粉挽き場》 ワイエス夫妻が新居として入手したばかりの、古い粉挽き小屋と穀物倉が描かれています。 建物の間に小さく見える二羽の白いハトが若い夫婦の明るい未来を象徴しているようです。 また、草の絡まった有刺鉄線の棚という 「境界」 を手前に描くことで、自分たちの世界を守ろうとする家族への思いも示されています。 / 右・no.28 《凍りついた家》 チャッズ・フォードの隣人カール・カーナーと妻のアンナは、ワイエスの重要なモデルとなり、彼らの家や農場も作品の舞台として何度も描かれました。 この作品では、彼らの家の玄関が雪と氷に閉ざされたように描かれています。 ドイツからの移民で、あまり人付き合いが良いとはいえなかった寡黙なこの夫婦を象徴しているかのようです。


画像をクリックすると 「【 Ⅴ 境界あるいは窓 | Boundaries or Windows 」の拡大画像がご覧いただけます。

Ⅳ まなざしのひろがりAn Expanding Vision

 ワイエスの作品の特徴の一つとして、同じ題材、同じ場所を繰り返し描き続けたことが挙げられます。 メイン州ではオルソン・ハウスとクリスティーナを、ペンシルヴァニア州では隣人のカール・カーナーと彼の農場を長年にわたって描き続けました。 さらに、彼が亡くなった後にはカールの介護のためにカーナー家を訪れていたヘルガ・テストーフが長期にわたりモデルを務めました。(no.81) クリスティーナ、カール、ヘルガという特定のモデルとの関係が終った後も、歩き回って絵の題材を探すワイエスの日課は変わりませんでした。 ただし、特定の人物や場所を集中的に描くことは次第に少なくなり、より幅広いモティーフへと関心が向けられていきました。 歩き慣れた道であっても、自宅の建物(no.92) であっても、あるいは知人の家(no.94) であっても、自分の心に強く訴えてくるものを見つけ出し、その感覚を手がかりに制作へと向かったのです。 選び取られた一瞬の景色や情景に立ち現れるのは、画家自身と対象との微妙な距離感であり、生の営みと、それに連続する死の影であったともいえるでしょう。 ワイエスの絵画は、単なる明るく平明な再現描写にとどまるものではなく、人が生きることの手ごたえと同時に、生の終わりをも内包する感覚を、静かに描きこもうとしているように見えます。

Ⅳ まなざしのひろがり「アンドリューワイエス展」東京都美術館

左・no.84 《ケネットの集会所》 1980 年 水彩、紙 48.2 x 69.7 cm メナード美術館 / 中・no.91 《ノックス・グレンジ》 1987 年 水彩、紙 56.5 x 76.5 cm ユニマットグループ / 右・no.92 《花びら》 1991 年 水彩、紙 75.5 x 56.0 cm ボストン美術館

左・no.84 《ケネットの集会所 一見すると何気ない家を描いたようにも見えますが、ここは古い歴史をもつクエーカー教徒の集会所です。 教会を持たないクエーカー教徒にとっては、葬儀を行う場所であり、また集まってコミュケーションをとる場でもあります。 ワイエスはこの集会所の簡素な作りを高く評価し、 「クエーカー教の堅実さを表しており、窓の配置が美しい」 と、窓に惹かれたことを述べています。 ちなみに父N.Cの葬儀は近隣にある同様の集会場(バーミンガムの集会所) で行われました。 / 中・no.91 《ノックス・グレンジ 「グレンジ」 は一般的に農民の社交場、集会所を指し、「ノックス」 は人名です。 この建物は、メイン州出身で独立戦争の英雄ヘンリー・ノックス将軍の名前を冠しています。 建物の手前には陸にあげられて裏返しにされたボートが横たわり、あまり人の気配は感じられません。 建物とボートの形態や色彩が響き合う視覚的面白さとともに、象徴性や物語性をも感じさせる作品となっています。 / 右・no.92 《花びらチャッズ・フォードにある自宅の母屋を描いています。 画面のなかで目を引く開かれた窓は、夫婦の寝室の窓です。 プライベートな空間ですが、窓が開かれることによって開放的な感覚が創り出せれると同時に、花の香のさわやかな空気が室内に入っていくさまを想像させます。 この作品は夫婦と外界をつなぐ象徴ともいえるでしょう。

Ⅳ まなざしのひろがり「アンドリューワイエス展」東京都美術館

左・no.93 《美しき休息》 1991 年 ドライブラッシュ、水彩、紙 70.0 x 100.0 cm ユニマットグループ / 中・no.94 《納屋の猫たち》 1993 年 水彩、紙 50.0 x 69.1 cm フィルブック美術館、タルサ / 右・no.95 《島のポーチ》 1999 年 水彩、紙 33.6 x 55.8 cm ユニマットグループ

左・no.93 《美しき休息 ペンシルバニアのワイエス家の近隣に住むヘレン・シパーラ夫人を描いています。 ワイエスはシパーラ夫妻にとって家族同様で、鍵も持たされていたといいます。 そのため、朝早く夫妻が起き出す前に家に入って、寝ている夫妻を描いたことさえありました。 プライベートな空間であっても窓は開け放たれ、ワイエスが夫妻ときわめてオープンな関係であったことが理解できます。 / 中・no.94 《納屋の猫たち 隣人であったカール・カーナーの家の納屋が描かれています。 カールの妻アンナが荷車を押し納屋から出ていく様子が奥の方に見えています。 作品名にある猫たちは、例によって描かれておらず、餌の入れ物を描くことで表しています。 その猫たちは納屋に出没するねずみたちを退治するために、家の中ではなく外で飼われていました。 / 右・no.95 《島のポーチワイエスはメイン州に個人で島を持っていました。 そのひとつ、アレン島にあった管理人の家で描かれたのがこの作品です。 不在を強調するように、誰も座っていない椅子に強く光が当たっています。 棚の柱に大きな貝殻が置かれていることから、この場所が海に近いことを物語っています。


画像をクリックすると、ワイエスが 30 年間描き続けた 「 オルソン・ハウス  The Olson House 」 の概要が大きな画像でご覧いただけます。

Andrew Wyeth「アンドリューワイエス展」東京都美術館

アンドリュー・ワイエス Andrew Wyeth 略年譜 (1917-2009)

1917 年( 0歳)| 7 月 12 日、ペンシルヴェニア州チャッズ・フォードの自宅で生まれる。 父は、有名な挿絵画家ニューウェル・ヴァース・ワイエス(通称N.C.)。
1937 年(19歳)| ニューヨーク州ニューヨークのマクベス・ギャラリーにて初めての個展となる 「アンドリュー・ワイエス水彩画」 展。 全作品が売れる。 ジョージア州アトランタのハイ美術館が美術館として初めてワイエスの水彩作品を購入。
1947 年(29歳) | アメリカ美術文芸アカデミーとニューヨークの国立美術文芸協会から功労章を受け、「受賞記念展」が開催される。作品 9 点が出品されたこの展覧会は、フィラデルフィアのペンシルバニア美術アカデミーに巡回。 クリスティーナの最初の肖像画《クリスティーナ・オルソン》(cat. no. 43) 完成。
1958 年(41歳) | ワイエス夫妻は、18 世紀初頭に建てられたブリントンズ・ミルと呼ばれた粉挽き場とその敷地を購入。 修復作業が始まる。 ペンシルバニア州リゴニール・ヴァレイの 「ペンシルバニア芸術家」 展においてメロン・ゴールド功労章を授与される。 ペンシルバニア美術館附属美術学校から業績を讃え表彰される。 ペンシルベニア州のスワースモア・カレッジから名誉芸術博士号を授与される。 ペンシルベニア州カーリスルのディキンソン・カレッジから名誉芸術博士号を授与される。ニューヨークのM・ノードラー・カンパニーにて 「アンドリュー・ワイエス」 展。
1968 年(50歳) | 1 月 27 日、200 点以上の素描と絵画のモデルとなったクリスティーナ・オルソンが 74 歳で死去。 ペンシルバニア美術アカデミーの議長に選出される。 カルフォルニア州のロサンゼルス郡立美術館にて 「8 人の水彩画の巨匠」 展。 M・H・デ・ヤング記念美術館、シアトル美術館へ巡回。 デラウェア・アート・センターにて 「フェリプス・コレクション」 展。 ファーンズワース美術館にて 25 点からなる 「夏季展覧会」。 チャッズ・フォード歴史協会にて、ブランディワインの芸術家を集めた展覧会 「チャッズ・フォードの美術遺産 1898-1968」展。
1980 年(62歳) | ロンドンのローヤル・アカデミーにてアメリカ人の現存作家として初めての展覧会となる 「アンドリュー・ワイエス」 展。 パリのクロード・ベルナール画廊にて 「アンドリュー・ワイエス テンペラ・水彩・ドライブラッシュ・素描」 展。
1990 年(72歳) | 7 月 4 日アンドリュー・ワイエスの兄、ナサニエル・コンヴァース・ワイエスが 78 歳で死去。 ジョージ・H・W・ブッシュ大統領よりホワイトハウスにおいて、芸術家として初めて議会ゴールド・メダルを授与される。 東京のセゾン美術館にて 「ワイエス展―ヘルガ 静謐な生命の肖像」。 兵庫のつかしんホール、福島県立美術館、福岡市美術館、石川県立美術館、長野の高輪美術館、北海道立近代美術館、埼玉県立近代美術館に巡回。 東京のギャラリーぬかがにて 「アンドリュー・ワイエス」 展。 ニューヨークのマルセル美術株式会社にて 「アンドリュー・ワイエス展―ニューイングランド」。
2000 年(82歳) | ファーンズワース美術館にて 「クリスティーナの世界展」。 平塚美術館にて 「丸沼芸術の森所蔵 アンドリュー・ワイエス水彩素描展」。 岐阜県美術館、福島県立美術館、秋田市立千秋美術館に巡回。
2009 年(91歳) | 1 月 16 日早朝、肺の感染症が治らず、眠りのなかで 91 歳で死去。 1 月 21 日、クリスティーナとアルヴァロが眠るオルソン家の墓地にて埋葬される。

Andrew Wyeth アンドリュー・ワイエス PROFILE

 1917 年 7月 12日、アンドリュー・ワイエスは、高名な挿絵画家だったニューウェル・コンヴァース・ワイエス(N.C.ワイエス) の 5 番目の子としてペンシルベニア州チャッズ・フォードの自宅で生まれました。 幼い時から父の手ほどきを受けて画家の道へ進み、1937 年の個展では全作品が完売するなど、若くして頭角を現します。 同時代の前衛的な芸術家からは距離を置き、生涯にわたり故郷のペンシルヴェニア州と夏を過ごしたメイン州を拠点に身近な世界を精密に描き続けました。 ワイエスの作品には、アメリカ合衆国の土地やそこに刻まれた歴史、そしてそこに生きる人々の姿が描き出されており、アメリカ国内で高く評価されました。 2007 年にはブッシュ大統領から芸術勲章を授与されています。 日本での人気も高く、1974 年の初の回顧展以降、度々展覧会が開催されてきました。 2009 年 1月 16日に老衰のため亡くなりますが、アメリカの国民的な画家として今なお高い人気を誇っています。


お問合せ:tel 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会 URL: https://wyeth2026.jp/
東京都美術館公式サイト: http://www.tobikan.jp
   会場:東京都美術館 企画展示室

主催:東京都美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団 )、東京新聞 、フジテレビジョン
協賛:DNP大日本印刷
特別協力:丸沼芸術の森、ユニマットグループ
協力:ワイエス財団、日本航空
後援:アメリカ大使館、ビーエスフジ


参考資料: 図録、報道内覧会、PRESS RELEASE & 報道資料 、展示パネル他。
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